2014年1月11日土曜日

1000年前の謎を解く。謎詩62番と38番。

 今私が読んでいるのは、このアングロ・サクソン人が遺した文献『エクセター写本』に記された、「謎詩」と呼ばれる詩たちです。この写本は、10世紀頃に書かれたと考えられています。

 「謎詩」とは、読んで字のごとく謎かけの詩です。これはアングロ・サクソン人が独自に考えたものではありません。謎かけの伝統は、キリスト教の旧約聖書にまで遡ることができます。士師記には、かの有名な力持ち、サムソンが「食べる者から食べ物が出た。強い者から甘い物が出た」という謎を出題する場面があります。(解は、ライオンの死骸にミツバチが巣を作っていた、というもの)

 キリスト教の言語であるラテン語では、多くの謎詩が作られました。多くは聖書とキリスト教に関連するものです。聖書を良く知っていれば知っているほど答えが分かるので、勉強にもなったのでしょう。

 古英語の謎詩はその伝統を継いで、キリスト教的なものもありますが、ひどく世俗的なものも記されています。古英語の謎詩には答えが記されていませんが、ラテン語のものには答えが付いています。そのため、現代人の解読者には分からないような謎でも、答えが分かったものもあります。でももちろん、考え得る答えが幾つかあったり、さっぱりわからないようなものもあります。
 古英語の謎詩は、「物が自ら喋る」ことがあるのが特徴的です。これは謎詩に限られたことではありませんが、指輪や武器、魚などが、「私は」と語る形で話が進んだりします。発掘された装飾品にも、「誰誰が私を作った」などと刻まれていることがあります。


 今回訳したのは、エクセター写本謎詩62番と、38番。タイトルがないので、順番で識別します。古英語、現代英語、日本語の順に載せています。現代英語と日本語の訳は、私が教科書を参考にしながら考えました。現代英語は直訳的、日本語の方は比較的意訳です。ただ意訳しすぎるとどうしても、謎かけとして成立しなくなってしまうので、かなり読みにくい部分もあると思います。


 まだ色々、古英語の読み方、詩の技巧やお約束についてなど語りたいことはありますが、それはまた、別の謎詩を紹介するときに。

 答えは、反転してご覧ください。 

Riddle 62
Nīs mīn sele swīge,    ne ic sylfa hlūd
ymb dryhtsele;    unc dryhten scōp
sīþ ætsomne.   Ic eom swiftra þonne hē,
þrāgum strengra,   hē þreohtigra.
Hwīlum ic mē reste;   hē sceal rinnan forð.
Ic him in wunige   ā þenden ic lifge;
gif wit unc gedǣlað,    mē bið dēað witod.

My house is not silent(/still),  I am not loud myself
around my retainer’s hall;  we two who God has created
journey together,  I am swifter than he,
and at times stronger,  he is more enduring.
Sometimes I rest myself;  he must hasten forth.
I always live in him,  while I live;
if we two are separated,  I will be decreed death.

私の館は静かではないが、私自身は家臣の館では
音を立てない。神に創られた我々二人は
共に旅をする。私は彼より素早く、
時には彼より強い。彼は私より忍耐強い。
時々私は休む。しかし彼は急ぎゆかねばならない。
私は常に、生きる間は彼の中で暮らす。
もし我々二人が引き離されるなら、私は死を宣告される。


答え:魚と川

解説:
館が川で、その中に棲むのが魚。両方とも動くものなので、一緒に旅をしています。魚は川の中を自在に動き回るので川よりも速く、また遡ることもできるので川より強い時もあります。しかし、魚が疲れても、また寿命が尽きても川は流れ続けます。
Riddle 38
Ic þā wiht geseah   wǣpnedcynnes.
Geoguðmyrþe grǣdig   him on gafol forlēt
ferðfriþende   feower wellan
scīre scēotan   on gesceapþēotan.
Mon maþelode,   se þe mē gesægde:
‘Sēo with, gif hīo gedȳgeð,   dūna briceð;
gif hē tōbirsteð,   bindeð cwice.’

I saw that being of the male sex.
He was greedy for youth’s joys,* he let out as a gift to himself,
the life-sustaining four fountains,
to thrust the gleaming thing into the appointed channel.**
A man spoke, who said of me:
‘That being, if it*** survives, will break hills;
if he breaks apart, bind living things’

私はその雄の生き物を見た。
彼は幼きものの喜び*を貪欲に求め、自身への贈り物として
命を維持する四つの泉を放出し
その光り輝くものを定められた通路へ**と注いだ。
ある男が、私に対してこう言った:
「もしこの生き物である彼女が***生き伸びれば、丘を崩すだろう。
もし彼が崩れれば、生き物を縛るだろう。」




答え:若い雄牛

解説:
*: ie. milk:牛乳
**: ie. throat:喉
***: the feminine 'hīo' used here may be to confuse the audience. It indicates the grammatical gender of 'wiht', while in the last line the poet switches to the natural gender of an ox. :女性三人称単数形、現在のsheに当たるhīoが使われているのは、おそらく聴き手を混乱させるためです。「生き物」という名詞は文法上は女性であるため、「彼女」と呼ぶことができます。でも、「雄牛」という存在の自然の性(雄牛なので雄)に従って呼ぶこともできるため、次の行では、つまり「彼」が使われています。

→つまり、若い雄牛は母牛の乳房から牛乳を貪欲に飲みます。ここまでが4行目の内容。男の台詞が少し難しいですが、こういうことでしょう:「もしこの雄牛が死なずに生き伸びれば、丘を耕すようになるだろう。もし死んでしまったら、革紐にして他の動物を縛る役に立つさ」。

 ちなみに、「四つの泉」というものは、中世の世界観と深くかかわっています。中世においては、海も含め全ての水は地上の楽園(東の方にあるとされた)から流れ出る4つの川から来ているものだと考えられていました。映画「パイレーツ・オブ・カリビアン 命の泉」の「命の泉」はこれの源泉ですね。「命を維持する」と合わせて表現することで、ますますこの4つの川を指しているように見えます。これもまた、解く人を混乱させるための仕掛けなのだと思いま
す。
参考:Bruce Mitchell and Fred C. Robinson (2011) A Guide to Old English

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