2014年1月14日火曜日

古英語の読み方と謎詩72番

 今回は、古英語の文字と、その読み方について。現代英語の元になった言葉といえど、違うところは結構違います。


古英語は、基本的にはローマ字読みです。つまり、hūse'house'という単語が出てきたら、/hu:se/と読みます。読まない文字は、ありません。

 多少の変化はあるとはいえ、綴りは現代英語とあまり変わってないので、古英語由来の現代の単語をローマ字読みすれば、まあまあもとの古英語に近くなると言えるでしょう。英国で綴りが固定化していったのは、活版印刷が導入された15世紀頃。その前は、ほぼ発音のままに書かれていました。なので、現代英語の綴りにはその当時(かそれ以前)の発音が残っている場合が多いのです。音の変化については色々と変わったところ、変わらなかったところ、変わった時期の違いなどがあって複雑なので、飛ばします。
 古英語の後に続く中英語の時期に、沢山のフランス語・ラテン語などの外来語が入ってきたので、現在使われている単語の内古英語由来のものはかなり限定されます。比較的平易とされる語彙、つまり基本語彙の多くが古英語由来です。sleep, wake, burn, sheep, ox, deer, fishなど…辞書を調べれば、語源が書いてありますので一発でわかります。


 もちろん、ローマ字読みだけでは通用しないところもあります。今では使われていない文字や、読み方が違う文字もあるので、それらについてまとめてみました。

1. 以下、現代の英語には存在しない文字です。ただ、英語を学習したことがあれば、恐らく辞典の発音記号で見おぼえがあるものがほとんどだと思います。
小文字þðæƿ
大文字ÞĐÆǷ

・þðÞĐ:
 [θ][ð]つまり、英語の<th>の発音です。濁るのと濁らないの(有声無声)の両方です。使い分けは、私が見たところはまちまちです。これに関しては、ちゃんとした法則がある、ということは読んだことがまだありません。綴りも標準語も定まっていなかった時代なので、方言や個人差があるのだと思います。音に出して読むときは、母音にはさまれたときは濁りますが、それ以外の時は、基本的に濁りません。そのようにBaker著の本では読んだのですが、現代英語で'that'となったþætなどを有声音として読んでいる例を見つけてしまいました(The Exeter anthology of Old English poetry by Bernard J. Muirの付録DVDの音読より)。また、古くは<þ>が無声、<ð>が有声音を表していたものの、後に区別がなくなった、という表記も見つけました(『古英語・中英語初歩』)。
 þはゲルマン民族が元々持っていた文字体系、「ルーン文字」からの借用です。<ð>は、ラテン文字の<d>にチョンを付けた物。大文字と合わせて見ると、そのことがよく分かると思います。
 文字の読み方は、<þ>がthorn(ソーン)、<ð>がeth(エズ)。<þ>の方は、上が飛び出てトゲみたいだから、と聞いたことがあります。

・æÆ:
 所謂/æ/の音。'cat'の母音の音です。
 文字は、<a>と<e>とを組み合わせて作られました。
 文字の読み方は、ash(アッシュ)。

・ƿǷ:
 現代の<w>と同じ発音です。ちなみに<w>というのは、見ての通り<u>が二つ合わさってできた文字です。<ƿ>は、特に手書きすると<þ>と激似のため、次第に消えていきました。
 この文字も、ルーン文字由来です。
 文字の読み方は、wynn(ウィーン)。

ちなみに、<þ>ð><æ>は、現代アイスランド語で現役です。流石ヴァイキングの開拓した島です。



2. 現代英語にはあっても、当時は無かった文字もあります。

 ・<j, v, w>は、当時は存在しない文字でした。でも、これらの文字が表す発音が全く無かったわけではありません。
 これらの文字は、それぞれ<i, u, uu>から派生したものです。<Jason>の/dʒ/という現代の発音は、確かフランス語由来の音だったはずで、そのため古英語の時点では存在しません。<u>を[v]と読む発音も、当時はたぶんなかったと思いますが、これについてはよく知りません。[w]の音をあらわすときは先ほど述べた<ƿ>のほかに、連続して<uu>と書かれました(<u>だけで表す例もあるかもしれません。初心者なので主に綴りがわかりやすく整理整頓されたテキストを使っており、経験不足でわかりません。)
 ただ、これだと現代人にはとても読みにくいので、初学者用の古英語の教科書やテキストは、敢えて<v>を使っていることが多いです。ウィーンも同じく、<w>に直されているのが普通です。



 まだまだ、今も当時もあるけれど読み方がちょっと違う文字や、組み合わせると特殊な読み方をする文字などがありますが、それはまた今度。そのときに、古英語の打ち方についても語れればいいなあ。

 さて、今回の訳は謎詩72番です。

答えは反転してご覧ください。


Riddle 72
Ic wæs fæmne geong,   feaxhār cwene,
ond ænlic rinc   on āne tīd ;
flēah mid fuglum   ond on flōde swom,
dēaf under ȳþe   dēad mid fiscum
ond on foldan stōp;   hæfde ferð cwicu.

I was a young woman, a grey-haired woman
and a solitary(/beautiful) warrior, at one time;
I flew with birds and swam in the water,
and dove under the wave, I was dead with fishes, 
and on earth stepped, my spirit being alive.

私は一時に若い女であり、白髪の女であり、
孤独な(/美しい)戦士であった。
私は鳥たちと飛び、水の中を泳ぎ、
そして波の下へ潜り、魚たちの間で死んだ。
そして私は地を踏んだー私の魂は生きていた。





答え:不明。過去に提案されたものには、"cuttlefish", "swan", "water", "siren", "writing", "ship's figurehead", "sun"などがあります。私が学習の参考にしているMitchell and Robinsonの本では答えは「わからない」と、完全に投げてあります。


以下、McCarthy(1993)からの要約です。

・サイレーンである説:サイレーンは若い女であり、老女でもあり、また男のサイレーンも存在したす。飛ぶこともできた。ホメロスで語られるサイレーンは最終的に石となったため、魚たちの間で死んでいることになる。
 しかしこれでは最後の行が満足に説明できません。

・船首像である説:女の像の船首は若い女を象っているが経年劣化で木が灰色になっている。波を戦士のように割りながら進み、空に躍り出ては波の下へと沈む。木であるため、この像は「死んで」いる。上陸する際には、飾りは邪魔になるため、取り外されたのであろう。
 しかし、アングロ・サクソン系の船の船首は普通、動物を抽象化したモチーフが彫られたものであり、女を象ったものはない。また、船首が取り外されたからといって地を踏むことにはならず、命が宿る意味もわからない。

・McCarthyが提案する「太陽である説」:古英語では太陽は女性形(she)でも男性形(he)でも表せる。太陽は日の初めは若く、沈むときには老いている。しかし真昼の太陽は戦士にたとえられる事がある(謎詩4番)。また、フェニックスは太陽の象徴でもあるため、空を飛ぶ表現を使うこともできただろう。そして太陽は海に沈んでゆき、再び昇るときには若い姿に戻っている。

カナダのMcMaster大学HPに掲載の説

・雨である説:さまざまな強さで、さまざまな場所に降る雨や霰が表されている。

私は、McCarthyの説がかなり説得力があるのではないかと思いますが、答えがないからこその面白さも、ありますよね。


参考:
-Marcella McCarthy, 'A Solution to Riddle 72 in the Exeter    Book'The Review of English Studies, New Series, Vol. 44, No. 174 (May, 1993) , pp. 204-210, http://www.jstor.org/stable/519198
-McMaster University, Beowulf in Hypertext,  http://www.humanities.mcmaster.ca/~beowulf/manual/practiceExercises.html
-Bruce Mitchell and Fred C. Robinson(2011)A Guide to Old English 

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